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名古屋地方裁判所 昭和28年(行)6号 判決 1957年3月14日

原告 加藤彰一

被告 名古屋東税務署長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告が昭和二十七年五月二日附をもつて原告に対してなした、原告の昭和二十六年分所得税の総所得金を金三十万円と更正する旨の処分のうち、金二十三万円を超過する部分はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求めその請求の原因として次のように述べた。

原告は昭和二十六年度分所得税の確定申告をなすに際し、被告名古屋東税務署長に対し、総所得金額を金二十三万円として申告したところ、被告は同二十七年五月二日右金額を金三十万円と更正する旨の処分をなし、その旨原告に通知して来た。よつて原告は同月三十一日被告に対し再調査の請求をしたが、同年六月三日の再調査の結果被告より棄却の決定を受けた。そこで原告は更に名古屋国税局長に対し審査の請求をなしたが、同年十二月二十三日棄却の決定があり、同月二五日その旨の通知を受けた。しかしながら、原告の昭和二十六年度分の総所得金額は金二十三万円であるから、これを超えて右金額を金三十万円と更正した被告の前記処分は、その超過限度において違法であること勿論である。よつて右違法処分の取消を求めるため、本訴に及んだ次第である。

なお被告の主張事実のうち、昭和二十六年度の原告の支出額、期首棚卸商品、仕入品、必要経費及び期末在庫商品がそれぞれ被告主張のとおりであることはこれを認めるが、その他の点は争う。また同年度の原告の売上高は金百二十七万二千円である。

以上のように述べた。(立証省略)

被告指定代理人は原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として次のように述べた。

原告の主張する請求原因事実のうち、昭和二十六年度の原告の総所得金額が金二十三万円であること、被告及び名古屋国税局長の各決定が違法であることは争うが、その他はすべて認める。本件更正処分は決して違法なものではない。原告は最初昭和二十七年二月二十九日に、同月二十八日附の所得税確定申告書を被告に提出して、同二十六年度の所得金額を二十万円と申告したが、更に同年三月二十日になつて、同月十四日附所得税修正確定申告書により、被告に対し所得を金二十三万円として修正確定申告をした。これに対し被告は同年四月二十五日附で原告の所得額を金三十万円と更正し、直ちに原告にその旨通知したところ、同年六月三日に原告から再調査の請求があつたので、被告は再調査したが、やはり更正処分額以上の所得のあることが認められたので、右の再調査請求を同年七月二十二日に棄却し、直ちに原告にこのことを通知した。ところが原告は右の再調査の決定に対し、同年同月三十日に被告を通じて名古屋国税局長に対し審査の請求をしたが、同局長も原告の所得額は被告の認定どおりであり、元の処分に違法な点はないものと認め、同年十二月二十三日に原告の請求を棄却したものである。

ところで被告の計算によると、昭和二十六年一月一日から同年十二月末日までの間の原告の所得金額を算定する基そとなる数字は

(一)  収入金 一、六四八、三〇〇円

内訳 (イ) 期末在庫商品 三〇〇、〇〇〇円

(ロ) 売上高  一、三四八、三〇〇円

(二)  支出金 一、三四二、〇五〇円

内訳 (イ) 期首棚卸商品 三〇〇、〇〇〇円

(ロ) 仕入高    九七〇、〇〇〇円

(ハ) 必要経費    七二、〇五〇円

(三)  右差引金  三〇六、二五〇円

であり、原告にはこれに相当する所得があつたものである。

なお、右にのべた問題の年の原告の売上高は、次の方法により算定したものである。原告は毎日の売上高を正確に記入した売上帳をそなえていなかつたから、被告は次のような推計方法により原告の売上高を推計した。すなわち「原告が問題の一年間に売つたと認められる全商品の総仕入金額に対し、加重平均差益率をかけてその年の総差益を出し、これを総仕入金額にたして総売上高を算出する方法」である。

先ず原告が訴外名古屋国税局長に対し審査請求をした時に、審査請求書(乙第一号証の一)にそえて提出した収支計算書(乙第一号証の二)によれば、問題の一年間に原告が仕入れた商品の総仕入金額は九十七万円であり、また同年度の期首、期末の各在庫高はおのおの三十万円で同額であるから、つまり原告は右の一年間に右の仕入金額に相当する商品を全部売つてしまつたことになる。

次に原告が取扱う各商品ごとの平均差益率を知るために、被告は、名古屋市東区筒井町三丁目二番地の加藤年一方、同市北区東大曽根町上一丁目八百七十番地の若松為吉方、同市同区東大曾根町本通り五の七二七の藤田鉱一方、同市同区東大曽根本通り五の七三七の酒井市松方と、いずれも原告と同業の靴屋につき、問題の一年間にとりあつかつた各商品の売買差益の調査をしたところ、それぞれ別表甲のような各商品ごとの平均差益率が算出された。たゞし附属品の差益率については、酒井市松につき五割三分八厘という結果を得ただけであつたから、これを五割と認めた。また子供靴については、具体的な差益率が得られなかつたから右の調査結果をそうごうして三割五分と認め、修繕の差益率は修繕材料に対し十割と認めた。

次に、問題の一年間に原告の販売した各商品別の売上高の割合がわからないから、被告は次のような方法によりこれを推計した。すなわち、原告のように商品を店先にならべて売つている商店では、商品の売上高と在庫高とは正比例するのが普通であり、又その取りあつかう商品の種類別の在庫高の割合と売上高の割合とも、正比例するものである。そこで被告は、原告が本件課税処分の再調査請求のときに被告に提出した棚卸表(乙第九号証)により昭和二十六年度期末の商品別在庫割合(したがつて右年度の商品別収入割合となる。)を別表乙(ロ)段のように算出した。たゞし、これによると修繕材料の在庫割合は一、五%となつているが、前記の収支計算書(乙第一号証の二)によると、全収入に対する修繕収入の割合は五、六六%であるから、後者にしたがう方がより正確である。そこで被告は右の在庫割合一、五%を収入割合五、六六%に修正し、よつて生じた差の四、一六%を各商品の在庫割合に応じて比例配分して、別表乙(ニ)段のように修正した。

それゆえ被告は原告が右の修正百分比の割合で各商品をはん売収益したものと認め、これに対し、前記の同業者調査の結果でたところの各商品別の差益率を適用し、原告が昭和二十六年中に販売、および収益した商品および修繕の加重平均差益率を別表乙(ヘ)段のとおり算出した。以上のようにして、原告が昭和二十六年中に販売した仕入総商品の加重平均差益率を三割九分(原告に有利に厘以下は切り拾てた)と認め、仕入金額九十七万円にこれをかけて出た額を仕入金額に加えて売上高百三十四万八千三百円と計算したものである。

以上のように、被告がした本件更正処分は原告の所得金額のはんい内のものであるから、何も違法なことはなく、原告の本訴請求は理由がない、とのべた。(立証省略)

理由

原告が昭和二十六年分の総所得金額を二十三万円として、被告名古屋東税務署長に対し、同年度分所得税の確定申告をしたところ、被告は同二十七年五月二日に、右の所得金額を三十万円と更正する処分をし、原告にその旨を通知したこと、これに対し、原告が被告に再調査の請求をしたが棄却の決定を受けたこと、更に原告が名古屋国税局長に対し審査請求をして訂正を求めたが、同年十二月二十三日に右の請求を棄却され、同月二十五日にその通知のあつたこと、以上のことはすべて当事者間に争がない。

原告は、自分の昭和二十六年中の総所得金額は二十三万円に過ぎぬから被告の課税処分は違法であるといい、被告は、原告の同年度の収入は三十万円以上あるから右の課税処分は適法であると主張する。それでは一体、同年度中に原告がどれほどの所得を得たものか、考えてみることにしよう。

まず、証人西川幸男の証言と原告本人尋問の結果をそう合すると、原告が昭和二十六年当時、毎日の収入支出を記入する帳ぼを備えていなかつたことは明らかであり、その他に、原告の実収入を直接証明できるような資料もないから、本件の場合、推計により原告の所得を計算することは法律上、許されてよいことだし、また適当な方法であるといわねばならない。

ところで、同年度中の原告の総所得金額を計算する基そとなるべき数字のうち、同年度の支出金総計が百三十四万二千五十円で、その内わけは、期首たなおろし商品高が三十万円、仕入高が九十七万円、必要経費が七万二千五十円であること、収入のうち期末在庫高が三十万円であることは、いずれも当事者間に争いがない。それゆえ、同年度中の原告の売上高さえわかれば、すぐにその所得金額が計算できるわけである。

そこで同年中の原告の売上高について考えるに、前記のように同年中の期首期末の各在庫商品高は同額であるから原告は同年度中に前記仕入高(九十七万円)に相当する商品を全部売つたりくつである。そこで右の九十七万円に何等かの方法で算出した原告の同年中の(加重平均)差益率をかければ、差益高がわかるわけであり、右の差益高を仕入に加えれば売上高が出てくるわけである。

そこで次にこの場合、原告に適用すべき差益率につき考えることにする。まず原告が当時、名古屋市東区筒井町で靴販売修理商をして収入を得ていたことは、原告本人尋問の結果により明らかである。そこで証人西川幸男の証言や右証言により真正に成立したと認められる乙第二ないし第五号証、証人浅野登志一の証言や右証言により真正に成立したと認められる乙第六ないし第八号証をそう合すると、同年度に原告と同じ名古屋東税務署管内で、原告と同じ靴屋をしていた訴外加藤年一方、同若松為吉方、同藤田鉱一方、酒井市松方での、原告取扱商品と同種の商品についての各差益率はそれぞれ別表甲にかいてあるとおりであつたことが認められる。もつとも、原告本人尋問の結果によりいずれも真正に成立したと認められる甲第一ないし第四号証によれば「前記乙号各証にそれぞれ売上単価とかいてあるのは正札値段の意味であるが、実際にはその正札値段から値引きして売つているものである」との供述が記載してあるが、右の部分は(仮に値引きの点は事実としても)前記乙第二ないし第五号証に「売上単価」と明白にかいてあるのとくい違ふ上に、右の甲号各証が本件訴訟の起つた後に、同業者である原告の目の前で作成された事情(そのことは右の甲号各証の文面自体からわかる)を考えると、簡単に信用するわけにはゆかない。証人内藤賢造、同星野明の各証言、原告本人尋問の結果のうち右の認定に反する部分は信用しないし、そのほかには之に反する証拠もない。

そこで以上に認定した各店の差益率の平均値を計算すると、前同表最下段にかいてあるとおりである。ところで、前記のように右の各店はいずれも原告と同様に、名古屋東税務署の管内で原告と同じ靴屋をしているものであるから、右の各店の差益率の平均値を原告方の差益率とみなすことは、税務計算上さしつかえないものと考える。

次に証人西川幸男の証言により直正に成立したと認める乙第五号証によれば、前記酒井市松方の附属品の差益率は〇、五三八であることが認められ、証人浅野登志一の証言により真正に成立したと認める乙第六、第七号証によれば、子供靴の差益率は紳士靴、婦人靴の差益率を下廻ることが認められる。それゆえ原告方の店での右附属品の差益率を〇、五とし、同じく子供靴の差益率を〇、三五としてその売上高の推計をすることは、原告にとつて不利益なことではないと考えられる。

もつとも証人内藤賢造、同星野明の各証言、原告本人尋問の結果の各一部をそう合すると、原告方の店は被告が調査をした店のうちのあるものよりは多少店がまへも小さく、土地の状況もおとることは認められるが、この程度の相違では、売上高にひゞくかどうかは別として、差益率に大してひゞくものとも思はれない。そのほか前記証人内藤賢造、同星野明の各証言、原告本人尋問の結果のうち、右の認定に反する部分は信用しないし、その他に之に反する証拠もない。

次に、以上のようにして出した各商品別の(平均)差益率に、売上高の割合に応じた差別をつけるために、問題の一年間に原告方で売れた商品別の売上高の比率を考えるに、およそ原告方のように商品を店先にならべて売る商売では、売れ行きの多い品ほど多くの在庫品を用意する結果、各商品別の売上割合と在庫割合とは正比例するのが普通の経営状態であると思はれる。ところで、成立に争いのない乙第九号証によれば、昭和二十六年度期末の各商品別在庫価額は別表乙(イ)段のとおりであり、その百分比は同表(ロ)段のとおりであることが認められるから、特別の事情のない限り、同年中に原告方では右の割合で各商品を売つたものと認められる。もつとも、修繕収入については成立に争いのない乙第一号証の二によれば、全収入の五、六六%であることが認められるから右の数字に従うべきであり、右の五、六六%と一、五%との間の誤差四、一六%を同表(ハ)段のとおり在庫価額に比例して他の商品に配分するときは、同表(ニ)段のような修正百分比が得られるから、右の百分比に従うべきである。

かようにして得られた原告方の商品別売上高比率と、前記商品別差益率とをそう合するときは、前記乙表(ヘ)段のようになり、昭和二十六年中の原告方の加重平均差益率が〇、三九六六(厘以下を切りすてるときは三割九分)であつたことがわかる。

そこで右の加重平均差益率を、先に認定した仕入高九十七万円にかけると、差益高は三十七万八千三百円となり、したがつて売上高は百三十四万八千三百円となる。そこで右の売上高と当事者間に争いのない前記期首、期末、各在庫商品高、各三十万円、仕入高九十七万円、必要経費七万二千五十円の各数字とをそう合すれば、原告の昭和二十六年度の総所得金額は金三十万六千二百五十円と算出認定することができる。証人内藤賢造、同星野明の各証言、原告本人尋問の結果中、これに反するような部分は信用しない。

もつとも成立に争いのない甲第五号証によれば、原告方の昭和二十八年度の総所得金額が二十一万九千百円であつたことは認められるが、年度により所得にこの程度の浮沈のあることは別段珍らしいことでもない(ちなみに原告本人尋問の結果によれば昭和二十九年度の総所得金額は三十二万四千円とのことである)から、このことだけで前記認定のさまたげとするに足らず、その他にこれをくつがえすに足る証拠もない。

しからば、前記の原告の所得の範囲内でその総所得金額を金三十万円と更正した被告の本件処分はまことに相当であり、その他に之を違法ならしめるような事情も見当らない。そこで右の処分を違法としてその取消を求める原告の本訴請求は理由がないから棄却するの外なく、訴訟費用に関し民事訴訟法第八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 山口正夫 夏目仲次 黒木美朝)

(別表省略)

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